見下す

独り言

なぜ人を見下してしまうのか。

それは相手のためでも自分のためでもなく、ただ自分の弱さを覆い隠すための行為そのものだと思う。

私は自信が持てないと、まわりより少しでも高い位置に立とうとして、他人を引きずり下ろそうとしてしまいます。

劣等感や不安が胸の奥にじわじわと広がり、それを隠すために軽蔑や嘲笑という仮面を被り相手を蹴落とす。

やがて、知らず知らずのうちに「自分の方が上だ」と勘違いをする。

  • 優越感を得るために他人を見下す
  • 他人より優れていると勘違いを起こす
  • さらに自分が正しく特別だと勘違いする

けれど、見下すことで得られるのは一瞬の安心感にすぎない。

相手は傷つき、自尊心を損なわれ、本音を話せなくなる。

見下すことで、相手の世界を狭め、自分の世界も狭めていく。

人を見下せば見下すほど、周囲との距離は開き、孤立が深まる。

多様な考えや価値観を受け入れる余裕はなくなり、世界がモノクロになっていく。

自分の価値を他人との比較でしか測れなくなると、幸福感は確実に薄れていく。

誰かの成功を素直に喜べず、嫉妬や不満ばかりが募ってしまう。

私は、そんな心の癖を長く引きずっていました。

「変なプライド」という言葉がぴったりで、相手にマウントを取ることで自分を保っていたのです。

結果、離れていった人もいました。

それは当然の報いであり、今では深い後悔とともに思い出します。

見下すことをやめるには、自分の中の不安や劣等感に正面から向き合うしかありません。

そして、それらを含めて自分を受け入れられたとき、初めて相手を尊敬し、理解し、共感できる余裕が生まれます。

そうすれば、見下す理由などなくなり、自分も他人も少しずつ幸せになれるはずです。

私はまだ「よもだ」ですが、残りの人生くらいは、後悔のないように歩んでいきたいと思っています。